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Mathieu Matégotと特別なデイベッド「Kyoto」

Mathieu Matégotと特別なデイベッド「Kyoto」

  モダンデザインの偉大な先駆者の1人であったマシュー・マテゴ。既に日本でも認知度が高いミッドセンチュリー期に活躍したフランスの家具デザイナー兼タペストリーデザイナーですが、この度Archèologie Studioに彼が残した偉大な作品をラインナップ致しましたので、このページでは改めてこのデザイナーに焦点を当てていきたいと思います。マシュー・マテゴ(1910ー2001)はハンガリーで生まれました。ブダペストのボザールでアートと建築を学んだ後、1931年より活動拠点をフランスに移しました。1930年代のマテゴはFolies Bergères(フォリー・ベルジェール/フランスはパリの伝統ある劇場)のセットクリエーター、Galeries Lafayette(ギャラリー・ラファイエット/フランスはパリの伝統ある老舗の百貨店)のマーチャンダイザーなど、インテリアを軸としながらも様々な職業で経験を積んでいきました。1939年第二次世界大戦勃発後はフランス軍に加わり、戦中ドイツで囚人にされてしまいましたが、奇跡的に戦後となる1945年に解放されました。戦後パリに戻ってからもHotel de France(旧名ホテルドフランス/現Grand Hotel de L'Independance)やMaison de l’ORTF(メゾン・ド・ラジオ・フランス)など、装飾家として大きなプロジェクトを手掛けながらも、マテゴは企業に属して仕事を全うするのではなく、パリとモロッコ(カサブランカ)に自身のワークショップを設立して家具デザインの道へ進む決断をします。彼は金属の板に穴を開けることで生産(工業的プロセス)における効率性と芸術的な美学の融合を目指し、小さな正方形と丸い穴を開け機能的なデザインを生み出しました。これにより金属の板を一枚の布のように曲げたり、折りたたんだり、形作ったりできる機械を新しく開発し、これによって彼はデザインや表現の自由度を大幅に高めることに成功しました。1940年代後期には彼独自の穴あき金属を用いて多数の家具をデザインし、モダンデザイン愛好家たちから強い評価を獲得してマテゴのパンチングメタルのスタイルが確立されていきました。彼が築いた新しい技術とスタイルの金属素材は家具や照明器具にとどまらず、トレイ、ゴミ箱、マガジンラック、鉢植ホルダーなどの小さな日用品に至まで、フランスの200型以上の伝統的なアイテムに応用されたこともマテゴの工房のアイテム展開における大きな特徴です。このような手法にはマテゴが元々百貨店で築いたキャリアやデザイン思考も良い影響を生んでいたのかもしれません。マテゴは1945年から1950年代まで家具デザイナーとして最盛期を迎え「Java」「Soumba」「Bagdad」「Satellite」シリーズなど数々の代表作を残しています。一部の作品はLes ArtsDécoratifs(パリの装飾芸術美術館)やCentre Pompidou(パリのポンピドゥーセンター)のデザインコレクションにも加えられています。1960年代以降はタペストリーのデザインと生産への道に進んだ背景もあり、マテゴは家具デザイナーとしての活動期間が15年程度と非常に短かったことや、各シリーズや各プロダクトの生産数も限られていたこと、近年デンマークのGUBI社からマテゴの家具作品の数々が復刻されたことなど多くの要因が重なって、ミッドセンチュリーに制作されたオリジナルのヴィンテージ作品の価値が更に高騰してしまう状況も生まれています。歴史の名作含め、良いものは評価され、高い資産性も生まれる現代の潮流ですね。この度Archèologie Studioにラインナップ致しましたこちらのデイベッドは、マテゴの手掛けた作品の中でも特に世界的流通量が低いため、海外での市場価格は既に200万円を超えているモデルとなりますが、本品はまだマテゴの市場評価がここまで上がる前に元々はコレクションとして仕入れいたものであったため、現在の世界の市場価格を完全に無視した販売価格を実現しています。一般住宅向けはもちろんのこと、欧米のギャラリーに対しても通用する歴史に残るような貴重なデザイナーズアイテムにご興味のある方は下記のページよりご覧ください。Mathieu Matégot Modern Daybed ‘Kyoto’→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/mathieu-mategot-modern-daybed-kyoto

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フランス人デザイナーのデュオ「Robert Guillerme」と「Jacques Chambron」と新入荷のウォールランプ

フランス人デザイナーのデュオ「Robert Guillerme」と「Jacques Chambron」と新入荷のウォールランプ

                この度Archèologie Studioにミッドセンチュリーに活躍したフランス人デュオが手掛けた貴重なウォールランプ作品が入荷致しました。今日はこの2人組であったデザイナーRobert Guillerme(ロバート・ギョーム)とJacques Chambron(ジャック・シャンブロン)についてご紹介致します。 Robert Guillerme(ロバート・ギョーム)はパリの美術工芸大学École Boule(エコール・ブール)でデザインと建築を学び、1934年に卒業しました。第二次世界大戦後はフランス北部の街リールに移り、装飾デザイン、家具デザイナーとしてのキャリアをスタートしました。Jacques Chambron(ジャック・シャンブロン)はフランス北東部の都市ランスの応用美術学校École Supérieure d'Artで美術と装飾を学んだ後、パリで画家として活動していましたが、1948年からロバート・ギョームと共同デザインの活動を始めました。2人は第二次対戦中に東プロイセンでドイツ軍に投獄されていたときに出会いを果たし、デザインに対する彼らの理念が一致していたことでこれが運命的な出会いとなりました。無事に帰国を果たした2人は大戦後の1949年、共同でパリに店を構え、ここに家具職人のÉmile Dariosecq(エミール・ダリオセック/元木工店のオーナーでキャビネットメーカー)が加わり、3者による工房Votre Maisonが設立されました。ロバート・ギョームとジャック・シャンブロンのデュオによる理念は、「Votre Maison /英訳:Your House(日本語訳:あなたの家)」という工房/会社の名前にも表れています。彼らは仕事において当時革新的なデザインを生むと同時に、機能性で、日常生活での実用に永く耐えうる家具クオリティーを追求していました。ロバート・ギョームの家具デザインとジャック・シャンブロンの美術的、彫刻的なアプローチが掛け合わさって生まれたデザインも大きな魅力の1つです。Votre Maisonの家具は木製素材のクオリティが非常に高く、フレンチミッドセンチュリー独特の美しいフレームの曲線とロバート・ギョーム、ジャック・シャンブロンの細部へのこだわりが実現されており、日本ではまだまだ認知度は低いものの、欧米の一部のギャラリーからは既に高い評価を獲得しています。Votre Maisonはジャック・シャンブロンの息子Hervé Chambronが1983年より指揮を執り、1990年代まで家具の製造を続けました。Votre Maisonは50年代、60年代、70年代に名作の家具デザインが数多く生まれ当時の多くのデザイナーにも影響を与えていましたが、現代においてミッドセンチュリー期の作品の流通量は非常に限られたものとなっています。当時の素晴らしいデザインデュオが手掛けたフレンチミッドセンチュリー期の貴重な作品にご興味のある方は下記のページよりご覧ください。Wall Mounted Lamp by Guillerme et Chambron (1950’s / France)→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/wall-mounted-lamp-by-guillerme-et-chambron

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住空間に加えたいフランスのヴィンテージラタン家具

住空間に加えたいフランスのヴィンテージラタン家具

        コロナ禍で私たちの暮らしに様々な制限が敷かれ、現代人の自然への回帰が見られる時代の大きな潮流の中で、Archèologie Studioは住空間での素材の新しい捉え方に大きく着目しています。元々親しまれている素材の性質や捉え方に改めて着目することで、自宅での家具とインテリアコーディネートの魅力を見つめ直し、またそこに新たな価値を見出せるのではないでしょうか。この度、Archèologie Studioではフランスで厳選したミッドセンチュリー期のラタン家具が数点入荷しましたので、この投稿では「ラタンという素材」について焦点を当てて参ります。ラタンは熱帯雨林に自生するヤシ科のツル植物で、日本名を「籐(とう)」といいます。ラタンは世界一の原産国であるインドネシアなどを中心に東南アジア各地の熱帯雨林、熱帯地域のジャングルに自生しており、非常に生命力の強く史上最長の植物としても知られています。5ー10年で加工に適した大きさになり成長の早いラタンは森林伐採問題には無縁で環境にも優しい植物でもあります。大別して、樹齢の高い太いものは家具のフレーム材として、細いものは裂いて皮籐や芯籐として編んだり巻いたりする材料にされており、全ての繊維が無駄なく使い分けられています。ラタンは持続可能性の高いエコを象徴するような植物であり、素材であるということです。さらに家具になった後でもラタン素材は力強く呼吸しており、春夏の多湿の季節には水分を吸収し、また秋冬の乾燥した季節には水分を放出す調湿機能があるため住空間をより快適に過ごすためのツールにもなるため、ラタン家具は世界中のメーカー、そして家具やインテリアの愛好家から親しまれています。非常に軽い素材ながら、しなやかで加工がし易い特性が生かされて生まれた美しい曲線のデザイン、アイテムの多様さもラタン家具の大きな魅力の1つです。アフリカンモダン家具、ブラジリアンモダン家具、ジャパニーズモダン家具、様々なテイストの家具をご自身のセンスとバランスでミックスするスタイリングもインテリアの楽しみ方の1つとして浸透してきた現代で、当店ではラタン家具を加えたミックスコーディネートをご提案しております。この度Archèologie Studioに入荷したラタン家具は空間、家具との組み合わせ次第で特別な光を放つものばかりです。歴史に残るような貴重なデザイナーズアイテム、そして無銘ながらもArchèologie Studioが厳選したアノニマスデザインのアイテムまで、多様なラインナップは下記のページよりご覧頂くことができます。フランスのヴィンテージラタン家具の数々をお楽しみください。・Rattan Round Table Audoux-Minet Styled (1960’s / France)→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/rattan-round-table-audoux-minet-styled・Herringbone Rattan Low Table (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/herringbone-rattan-low-table・Rattan Magazine Rack (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/rattan-magazine-rack-2・Vintage French Rattan Daybed (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/vintage-french-rattan-daybed・Round Cafe Table and Chair Set for Pascal Raffier Vannerie, France (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/french-vintage-round-rattan-cafe-table-set・Wicker Basketware Lounge Chair by Janine Abraham and Dirk Jan Rol-2 (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/wicker-basketware-lounge-chair-by-janine-abraham-and-dirk-jan-rol-2

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アンスティチュ・フランセ東京とヴィレッジ・アズ・アンスティチュ

アンスティチュ・フランセ東京とヴィレッジ・アズ・アンスティチュ

アンスティチュ・フランセ東京をご存知でしょうか。2011年までの旧名を東京日仏学院といい、創立後70年に渡ってフランス語やフランス文化の普及発展に取り組んできた東京は神楽坂に位置する学校です。1952年に東京は神楽坂に創立された東京日仏学院の建物は、近代日本の建築をリードした坂倉準三が他掛けており、色褪せない美しい設計と建築は現代でも建築愛好家に注目されています。フランスの公的な機関として日仏の文化交流を図るため、2012年よりフランス大使館文化部、横浜日仏学院、関西日仏学館、九州日仏学館と統合され名称を「アンスティチュ・フランセ東京」に改名されました。今年建物築70年記念を迎えるにあたり「アンスティチュ・フランセ東京(旧「東京日仏学院)」は2017年より再整備事業の国際公募が行われ、駐日フランス大使を審査員長とするヨーロッパ・外務省の審査委員会による審査の結果「Village as Institute」というプランを打ち出した日本人建築家の藤本壮介氏が採択され、この歴史的価値のある既存棟2棟の改修および新棟建築の設計・監理業務を担っています。建築家藤本壮介氏が手掛けた新たな拡張計画Village as Institute(ヴィレッジ・アズ・アンスティチュ)は2018年より着工され、今年2021年6ー7月より竣工となりました。現校舎(坂倉準三設計)も2021年後期よりの改修工事へと移り、2022年春よりオープン予定となっています。新校舎、そして敷地はVillageと銘打ったものだけあり、村=小さなコミュニティを想起させるような、生徒のための教室の他にも文化的な施設にもなる講演会場やレストランもあり文化と芸術の綜合を目指す世界観が実現されています。中庭に向かって大きく開放された校舎の窓も特徴的で、建物の外と内の境界がより曖昧となり、建物内部にいながらも窓から眺めたくなるような景色があり、視線が自然と外へ向かうような配慮も見られます。外の風景が空間の一部になるような演出も秀逸です。テラスは豊かな自然に囲まれており、ここで過ごす人たちはくつろいだり、散策しやすい環境があり建築物と周辺環境の美しい調和が生まれています。コルビジェ晩年の作品「ロンシャンの礼拝堂」がある敷地内にレンゾ・ピアノが修道院やヴィジッターハウス(2011年)を手掛け素晴らしいプロジェクトとして語られていますが、既存の名建築がある敷地内に新たな建築を組み合わせ独自の空間を生み出すことは我々が想像を絶するような独自の難易度があった中で、日本が世界に誇る藤本壮介氏は素晴らしい仕事を実現されました。このプロジェクトによって今後現校舎(坂倉準三設計)での体験、また価値にも美しい変化が生まれていくのではないでしょうか。この校舎を活用する世界中の人たちによって、坂倉準三が手掛けた唯一無二の現校舎と藤本壮介氏の手によるこのVillage as Instituteがこれから更なる共振を生み出していくことでしょう。偉大な2人の建築家が携わった場所で、日本とフランスの人たちの新しい交流が多く生まれていく文化にもご注目ください。この度、Archèologie Studioでは上記アンスティチュ・フランセ東京のカフェで使用されていたテーブルセット(スイス出身のClaudio Colucciデザイン)やデスクセットが入荷しました。一般的には市場に出てくることが大変稀な作品となり、大変貴重な機会となります。お好みに合わせてお好きな色をお選びください。色によって複数のストックがございますので、お店やアトリエでのご活用もお勧め致します。今尚受け継がれる名建築内で実用された家具作品にご興味のある方は下記のページよりご覧ください。Cafe Table Set From French Institute of Japan - Tokyo by Claudio Colucci→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/square-cafe-table-from-institut-francais-du-japon-tokyo?variant=39430088982665School Desk Set From French Institute of Japan - Tokyo →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/school-desk-set-from-institut-francais-du-japon-tokyo?variant=39430088130697  

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コルビジェやアアルトなど建築家に愛された「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」と新入荷のテーブルセット

コルビジェやアアルトなど建築家に愛された「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」と新入荷のテーブルセット

ル・コルビジェやシャルロット・ペリアンの建築プロジェクトでもインテリア設備として度々採用されていた家具メーカー「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」をご存知でしょうか。「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」の中には、コルビジェが信頼し愛用していたことからことから「コルビジェチェア」と名付けられているアームチェアも生まれています。さらにアルヴァ・アアルトの最高建築作品マイレア邸(1938-1939年建設)では施主のグリクセン夫妻(マイル・グリクセンはアルテックの創業メンバーの1人)が愛用しており、アアルトなど北欧のモダニストにも親しまれていました。チャールズ・イームズもこのメーカーの家具をインテリアで採用しており日本ではあまり知られていませんが、近代では世界の名だたる一部の建築家やデザイナーたちにいかに親しまれていた「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」に迫ります。フランスのリムーザン地方でパスカル・ラフィエが創業した家具メーカー「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」はこの地方に伝わる伝統技術が失われないよう5世代にわたり家族経営でこれを継承し栗と籐を使った家具やバスケットを製造しています。リムーザン地方には古くからあるワイン作りのための葡萄園や栗の雑木林などの農業的な生産背景と自然が豊富にあったことから、この町では地元の木材を使った樽やバスケット作りが栄えていました。家族の経営の小さなメーカー「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」では枝の収穫、家具のフレーム作り、伝統的な籠編み細工など全て職人の手作業を経て家具やバスケットが作られています。家具の骨組みとなるシートとバックには栗の木が採用され、編み込み部分にはワイン樽の製造で残った素材として、ラタンが採用されています。栗の木はオークと同格の耐久性を誇り、耐火性にも優れ、さらに軽いため持ち運びにもとても便利な素材です。樹齢数百年のラタンや栗の木を採用して同じ木から様々な表情の素材をカットしてそれを組み合わせてシンプルで素朴な装飾を生み出す類稀なアイデアと伝統的な技術の組み合わせが特徴的で、普遍性の高い技術力とフランスの伝統的なアプローチも魅力です。この技術と方法はリムーザンで何世紀にもわたって受け継がれてきたものを世界で唯一継承し、工芸品の域にまで高めた「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」だけが為し得たものとなります。100年以上前から全く変わらないデザインのモデルも存在しています。20世紀初頭に栄えていたとされる栗の木に関連するメーカーや仕事や職人の数も現代では減少の一途を辿っています。1960年代以降の安価なプロダクトの大量生産やプラスチック革命によって打撃を受けた産業ですが、現在「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」を引き継ぐマルティーヌ・ラフィエは「必要な分だの原材料を探します。知性と職人の技術を守るとともに地元の生態を考慮したビジネスを考えています。」と強い信念を持って今尚フランスの美しい伝統家具の製造に取り組んでいます。小さな規模で伝統を永く受け継いでいく、これも1つの持続可能な職人や技術の美しい在り方なのではないでしょうか。この度Archèologie Studioでは、上記ご紹介したメーカーが手掛けた「テーブルセット」が入荷しました。天板の編み方が特徴的な柔らかな印象のテーブルとチェアです。創業者のパスカル・ラフィエの理念が今尚受け継がれ、コルビジェ、アアルト、イームズなど世界の建築家やデザイナーに愛されたメーカーにご興味のある方、建築愛好家の方は下記のページよりご覧ください。>>> Round Cafe Table and Chair Set for Pascal Raffier Vannerie, France    

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新入荷のペンダントランプとモダニズム建築の出発点を築いたペーター・ベーレンス

新入荷のペンダントランプとモダニズム建築の出発点を築いたペーター・ベーレンス

建築モダニズムの発展における象徴的な建築家として真っ先に名前が挙がるル・コルビュジエ、ミース・ファンデル・ローエ、ウォルター・グロピウス(バウハウス初代校長)、彼らには共通の師となる建築家がいたことをご存知でしょうか。その名もペーター・ベーレンス(1968-1940)、ドイツで活躍した建築家でデザイナーでモダニズム建築や工業建築の分野の発展に多大な影響を与えた人物です。1890年代までは画家、グラフィックデザイナーとして活動していましたが、ドイツ工作連盟の中心人物だったヘルマン・ムテジウスからの影響を受けて建築家に転向することになります。1907年にベルリンに事務所を開設し、1910年代にはスイス出身の工業デザイナーで建築家のウィルヘルム・キンツレと協業していました。絵画を学び美術やデザインの世界で活躍し建築との綜合表現を行い、引いては「生きる事を芸術表現とする」というペーター・ベーレンスの哲学は、機能主義的な建築作品とともに後のコルビジェのスタイルに多大な影響を与えたことは想像に難くありません。自身のアトリエを立ち上げた年、ドイツのハーゲンに位置する「ハーゲン火葬場」では純粋に機能的で実用的なデザインの設計を試み、ペーター・ベーレンスは自身の建築家としての方向性を初めて示しました。同年よりペーター・ベーレンスはドイツの電機メーカーAEGのデザインディレクターに就任します。当時まだアール・ヌーヴォーの時代様式の潮流もある中、装飾主義や曲線美とはかけ離れた機械主義、機能主義的な美を備える革新的なプロダクトを次々と生み出していきます。1908年〜1909年に手掛けた同社の「タービン工場」は現代においてこの建築作品はモダニズム最初期の建築作品と評されています。ペーター・ベーレンスはAEGにおいてロゴデザイン、住宅設備や照明器具、家電、文房具など工業製品全般のデザインに至るまで、建築家の領域に収まらない綜合的な仕事を手掛けました。建築やプロダクトのデザインの領域を超えて、現代でいうところのクリエイティブディレクター、アートディレクターとしての仕事の礎を築いた事もペーター・ベーレンスの偉大と言えるでしょう。また、上記の通りベーレンスのアトリエからはコルビジェの他、後にバウハウスを支えるウォルター・グロピウスやミース・ファンデル・ローエなど輩出しており、未来の建築家を育てたこともまたペーター・ベーレンスの計り知れない偉大な功績の1つです。コルビジェやミース、グロピウスに影響を受け数多くの建築家が生まれている史実に触れることで、歴史はぶつ切りのものではなく確かに連なっていて、今も尚続いている物語があるのだと想像することができるのではないでしょうか。 この度Archèologie Studioでは、上記ご紹介した「ペーター・ベーレンスがドイツのSIEMENS社のために1908年にデザインした特別なペンダントランプ」が入荷しました。当時ドイツで駅などの公共建築に使われていた貴重な作品です。乳白ガラスとフロストガラスの上下のパーツが金属のリムとネジで一体になった機能美を持つ構造で、美しい曲線と光を生み出し室内を演出してくれます。モダニズム初期の家具にご興味のある方、建築愛好家の方は下記のページよりご覧ください。>>> Luzette Pendant Lamp by Peter Behrens  

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「新入荷のアームチェアと建築家ロベール・マレ=ステヴァンス」

「新入荷のアームチェアと建築家ロベール・マレ=ステヴァンス」

 ロベール・マレ=ステヴァンス(1886 - 1945)はパリで生まれフランスで活躍した建築家で室内装飾家でした。(以下マレ=ステヴァンス)コルビュジエ、ルネ・エルブスト、フランシス・ジョルダンらと並び「UAM(現代芸術家協会)の創業メンバーの1人」というワードが枕言葉のように一人歩きしている現代ですが、今日一般的にロベール・マレ=ステヴァンスという建築家に対しては浅い理解と認識しかされていない、ある意味ではまだまだ過小評価されている状況であると言えるでしょう。 ロベール・マレ=ステヴァンスは1904年から1909年までÉcole Spéciale d'Architecture Académieで建築を学び、第一次世界大戦中はパイロットとしての任務を果たし、終戦後の1920年代に建築家としてのキャリアをスタートしました。当時先行していたウィーンのヨーゼフ・ホフマン建築、オランダのデ・ステイル、そしてドイツのバウハウスなど他国の近代化運動も精力的に研究した上でロベール・マレ=ステヴァンスは機能主義的で垂直と並行を用いた直接鉄筋コンクリートのモダン建築、そしてモダン絵画的な室内装飾や庭とのフランス独自の美しい対比、綜合芸術建築を完成させ欧州のモダニストから最高の評価を獲得していました。 ロベール・マレ=ステヴァンスが活躍していた時代の実情は1920年代から1930年代のフランスにおいては、建築家としての業界内の評価とモダニストからの人気もコルビジェと完全に二分していたと言われています。語り継がれる伝説的な1925年パリでのアール・テコ博では「フランス大使館」パヴィリオンホールの設計を手掛け室内装飾や建築の新しいスタイルを示した功績もあり、彼がパリ市内で設計した建物が並ぶ通りには「マレニステヴァンス通り(Rue Mallet-Stevens)」の名前が与えられるほどに。 このようにモダン建築の礎を築いてきた重要な建築家であるにもかかわらず1945年の彼の死後、優れた作品も彼の仕事の歴史的な文脈における重要性も徐々に忘却の彼方へと落ちていきました。マレ=ステヴァンスの業績や作品に関する文献のは彼自身の遺言によって処分され、更に戦後の長い時間でほとんど失われており、マレ=ステヴァンスの痕跡を辿る手や語り手が少ないことも大きな理由かもしれません。アイリーン・グレイが現代でこそ正当な評価を獲得しているにも関わらず、生前においては似たような潮流があったことは知る人ぞ知る黒歴史ですが、コルビジェという存在の光が大き過ぎたことも相まって同じような状況が生まれているのかもしれません。 彼の作品は下記の代表作からも示されているように、アールデコの発展に貢献するのみならず明確にモダン建築を牽引しており、この功績はもちろん現代のモダニストやギャラリストたちがいつまでも見過ごしている訳ではありません。2000年代以降、数名の現代建築家が立ち上がり国への働きかけや寄付を募り、10年以上の時間をかけて彼の建築作品の修繕とパブリック化が進められた事が功を奏し、彼の死後から75年以上が経った現代では彼の作品や功績に対する評価が再び高まり始めています。大コルビジェへの世界的な評価と同格に戻るような日がいつの日かまた訪れるのでしょうか。 以下は彼が残した代表的な3作品です。 ・Villa Noailles(ノアイユ邸/1923 年 - 1928 年)南仏イエール市街を見下ろす丘の上にあるモダニズム最初期の邸宅です。マン・レイ、バルチュス、ジャコメッティ、ブランクーシ、ミロ、コクトー、ピカソなどフランスの錚々たる芸術家たちのパトロンでもあったノアイユ夫妻が別荘として建てたもので、当時この建築はモダン建築の象徴として話題になりました。建設期間が数年に及ぶこの巨大建築プロジェクトは1923 年に開始されました。この邸宅はデ・ステイルやバウハウスの理論、またヨーゼフ・ホフマンの建築など他国の近代化運動の影響を昇華しフランスで最初に建てられた近代的な建物の 1 つとなりました。建物はむき出しのコンクリートが重なり合った立方体で構成されており、装飾的な要素が排除されています。各部屋と大きな庭園を満たすために当時の最高峰のデザイナーによる家具に加えて、マレ=スティーブンス自ら設計したもの家具も多く取り入れられています。フランシス・ジョルルダンが一部の部屋の内装のデザインを行い、テラスの小屋のデザインをプルーヴェが手掛けています。邸宅の南東端に設けられたガブリエル・ゲヴレキアン(ヨーゼフ・ホフマンに建築を学んだ造園家、建築家)設計の庭は「キュビズムの庭」と呼ばれ、造園芸術の歴史においても重要な位置付けと評されています。ピエール・シャローの署名やマルセル・ブロイヤーの家具の配置など含めこの邸宅の底無しの芸術性には驚かされます。1996年以降この建築は同名の美術館として運営、公開されています。URL : http://www.villanoailles-hyeres.com/welcome/住所 : villa Noailles Montée Noailles, 83400 Hyères, France・Villa Paul Poiret (ポール・ポワレ邸/1924–1933)パリから西に約 40 キロ離れた西郊のメジ・シュル・セーヌにあり、セーヌを見下ろす丘の上にあるモダニズム最初期の邸宅です。1921 年から 1923 年にかけて、パリのファッションデザイナーでファッション業界近代化の草分け的な存在でもあったポール ポワレ(1879-1944)のために設計されました。 現在は毎年9月中旬の週末にあるフランス文化財(文化遺産)の日(Journées Du Patrimoine)のみ見学可能となっています。住所 : 32 route d’Apremont 78250 Mézy-sur-Seine, France・Villa Cavrois (カヴロワ邸/1929-1932)リールから市電で北のベルギー方向に約30分行った郊外にあるモダニズム初期の邸宅です。繊維産業メーカーのオーナーだったポール・カヴロワ一家のために設計されました。内装、家具デザイン、隣接する公園まで細部にわたりマレ=ステヴァンスが自由に設計と管理を行なった作品です。2015年より公開され見学可能となっています。URL : http://www.villa-cavrois.fr/住所:60 Avenue John-Fitzgerald Kennedy, 59170 Croix, France(一般開放は時期は5月1日から10月31日まで/詳細は上記サイトでご確認ください)ロベール・マレ=ステヴァンスが手掛けたものには機械で合理的な線、機能的なフォルム、彩度の抑えられたトーンカラーの組み合わせによる名作がありますが、ミッドセンチュリー期に活躍したデザイナーズ家具に比べモダニズム初期の時代である1920ー1930年代のオリジナルのヴィンテージ家具は現存しているものが世界的に極端に少ないのが実情です。この度Archèologie Studioでは、上記でご紹介した「ロベール・マレ=ステヴァンスがノアイユ邸のために手掛けた特別なアームチェア」が入荷しました。当時世界最高峰のモダニストであった施主だけのために設計及び製造されたものであるため、世界で認められている個体数も限りあるものとなります。モダニズム初期の家具にご興味のある方、建築愛好家の方は下記のページよりご覧ください。ヨーゼフ・ホフマンの建築、ウィーン分離派など他国の近代化運動の影響を受けた痕跡も感じられる美しい作品です。>>> Pair of Outdoor Folding Armchairs by Robert Mallet-Stevens※U.A.M =...

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Pierre Guariche

Pierre Guariche

ピエール・ガーリッシュ(1926 - 1995) フランス・パリ生まれ。 パリ国立高等美術学校にて、ルネ・ガブリエルのもとで学んだのちに、マルセル・ガスコアンのアトリエに入所。 1951年に自身の事務所を設立すると、間も無く、Airborne社、Galerie Mai社、Steiner社、Les Huchers Minvielles社、Meurop社、さらにはDisderot社といったいくつもの企業と共に多数の作品を世に送り出します。 Steiner社から発表された「トノー・チェア」は、ガーリッシュが残した中でももっともアイコニックな椅子のひとつでしょう。1953年にプラスチックとアルミニウム製のものが発売され、翌年にプライウッド製のものが発売されましたが、フランスで初めて成型合板を用いて製品化された椅子としてよく知られています。 戦後の木材や金属を自由に使うことができなかった時代、常に新しい素材への探究心を絶やさなかったガーリッシュは、1954年にミッシェル・モルティエ、ジョセフ・アンドレ・モットと共にARP(=Plastic Research Workshop)を立ち上げ、ファイバーグラスやプラスチックなどの新素材を用い、モダンで手頃な価格の家具を手がけました。 1965年には、ル・コルビュジエが手がけたフィルミニの文化会館のインテリアを担当。また、サヴォア地方にあるラ・プラーニュのスキーリゾートなども手がけています。 フランスで「栄光の30年」と呼ばれる戦後の経済成長期にガーリッシュが生み出した機能的でありながらも、エレガントで有機的なフォルムの家具は、現代においても色あせることのない存在感を放ちます。   ガーリッシュの作品は、現在下記のものがご案内可能です。 Pierre Guariche ≪VOLANTE≫ Table for Steiner, 1950s Dining Chair for Meurop by Pierre Guariche    

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