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戦前と戦後のフレンチモダニストの歴史を繋いだマルセル・ガスコアンと新入荷のスツール

戦前と戦後のフレンチモダニストの歴史を繋いだマルセル・ガスコアンと新入荷のスツール

  私たちは、家具の形や機能を純粋に評価することもありますが、作品を生み出したデザイナーが築いてきた時間、歴史と歴史の繋がり、またデザイナーが輩出した偉業にもスポットを当てながら、デザイナーや建築家に対してより親近感が湧くようなストーリーも大切にしています。今日は1907年に生まれ、戦前〜戦後のデザイン史における最も重要なフランス人デコレーター兼デザイナーの1人であった(マルセル・ガスコアン)の貴重な作品の新入荷に伴い、このデザイナーについて書かせて頂きます。船乗りの一家に生またガスコアンは、幼い頃に自分の天職を見つけました。海や港の環境が身近にあった彼は、幼少期から船が必要とする「狭くて整然とした空間」に関心を強めており、その学びを陸にも応用できるのではないかと考えていました。そのような洞察から着想を得た若きガスコアンは、フランス北西部の港湾都市ル・アーブルにある工業高校(現Lycée Jules-Siegfried/旧Ecole Pratique/湾岸都市だけあり、この学校は機械研究造船所の監督や設計者を養成することを目的として設立されました。)で既に機械設計の監督技能や製図者としての技術を学んでおり、1924年ー1925年(ガスコアン16歳ー17歳時)には既にこの専門分野で名誉ある技術資格を授与されています。この時期に自分が書いた図面やプロトタイプを具体的な工業生産のためのモデルに変換する技術を獲得し、非常に優秀な人材であったことが知られています。更にÉcole nationale supérieure des arts décoratifs(国立高等装飾美術学校)で大工、職人としての技術的な訓練と理論を学びます。その後、当時の代表であったロベール・マレ=ステヴァンスの薦めで1930年よりUAM(Union des artistes modernes/現代芸術家協会/1929ー1959)に加わりました。マレ=ステヴァンス、ルネ・エルブスト、ル・コルビュジエ、シャルロット・ペリアン、ピエール・ジャヌレ、ジャン・プルーヴェらUAMを率いた建築家、芸術家たちと共に、過去からの脱却と未来を見据えた、人々の豊かな新しいスタイル構築を目指しました。UAMでの出会いから、1934年からはスチール製の船室製作の実現に向けジャン・プルーヴェの工房と協業しています。アルミや合板などの新しい素材を試しながら、プレハブの技術さえも習得し、効率性と高品質なプロダクトの仕上げを両立させていきました。この時期の経験から大きな影響を受け、ガスコアンは前時代の主流であった「アールヌーヴォー、装飾的アプローチ」ではなく合理的で、機能的なデザインアプローチの研究に舵を切ります。1939年以降の第二次世界大戦によって活動や訓練は中断を余儀なくされましたが、戦争直後、フランス国内の被災地復興のために建物が大量に建てられる潮流の中で、ガスコアンは質が高くシンプルでモダンな家具が大量に求められる需要を掴み、「モジュール式の家具」をコンセプトにしたデザインでローコスト住宅、学校、オフィスのための家具デザインの依頼を多数受けて大成功を収めました。ガスコアンはこの復興期に同じく活躍したルネ・ガブリエルやロジェ・ランドーと共に「再建」という意味を持つ「リコンストラクションスタイル/commission du meuble de France」の家具のスタイル構築にも貢献を果たしました。第二次世界大戦後はガスコアンのワークショップでキャリアをスタートさせたデザイアーも多く、ピエール・ガーリッシュ、ピエール・ポーラン、ルネ・ジャン・カイエットなど後のフランスのデザイン界を牽引する偉大なデザイナーたちを輩出したこともガスコアンの偉業の1つとなっています。   戦前には若くしてロベール・マレ=ステヴァンス、ルネ・エルブスト、ルネ・ガブリエルなど当時の重鎮から見出され、戦後には70年代から輝きだすフレンチデザイナーの教師役としても力を発揮し、時代と時代の狭間を力強く繋げることにも成功しました。   マルセル・ガスコアンは1986年に89歳で亡くなるまで「デザインとは、家庭内の問題を解決するための学問であり、革新を受け入れる職業である」という哲学を掲げ生涯にわたって精力的に活動していました。今日のフレンチモダニストに対する新たな発見や再考によって、最高度に重要なデザイナーであったマルセル・ガスコアンへの評価は今後更に高まっていくことが期待されます。そんなマルセル・ガスコアンが手掛けたエレガントな形状、頑丈な構造、シンプルなハードウェア、そして座り心地の良い座面や背もたれの角度とフォルムを備え「実用性と美しさが完璧に融合している」貴重な作品が新入荷致しました。元々ベビーチェアやスクールスツールとして使用されていたモデルで、座面の向きを変えることで座面の高さが変わる構造になっており、3通りのポジションでお楽しみ頂くことができます。今日、ハイセンスの精鋭インテリアデザイナーが大人のためのインテリアアイテムとしてローテーブルとして活用し、再評価を獲得している名作となります。 Tabouret 3-positions by Marcel Gascoin→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/tabouret-3-positions-by-marcel-gascoin  

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戦後フランスの家具デザインの礎を築いたRoger Landault(ロジェ・ランドー)と新入荷の椅子

戦後フランスの家具デザインの礎を築いたRoger Landault(ロジェ・ランドー)と新入荷の椅子

  この度Archèologie Studioに戦後フランスの家具デザインの1つである「リコンストラクションスタイル/commission du meuble de France」を築いた家具デザイナーRoger Landault(ロジェ・ランドー)が手掛けた貴重な椅子が入荷致しました。今日は偉大なデザイナーについてご紹介致します。   1919年にフランスで生まれたRoger Landault(ロジェ・ランドー/1919-1983)はパリの応用美術学校で学びました。第二次世界大戦後の1940年代中期から装飾家(デコレーター)として頭角を現しフランスにおけるモダニズムの若い世代を代表する1人となりました。    建築家兼デザイナーのエティエンヌ・コールマン(1923–1939)によって設立され、ディレクションされたパリのルーブル美術館の室内装飾部門には歴代の優秀なデザイナーが採用されていましたが、ロジェ・ランドーも1945年から数年間この部門でデザインの責任者を務めていました。1940年代には彼の装飾デザインや家具作品は多くの芸術サロンや国際展示会で高い評価を獲得し、徐々に家具デザイナーとしてのキャリアに移行していきます。    戦争直後1945年〜のルネ・ガブリエルによる「被災者のための緊急用家具 シリーズ」や再建/復興という意味の「リコンストラクションスタイル/commission du meuble de France」の家具は有名ですが、フランス国内では第二次世界大戦後の被災地復興が急がれ、建物が大量に建てられる潮流の中で質が高くシンプルでモダンな家具が大量に求められる需要に見事に順応したのがこの時代のロジェ・ランドーの手腕でもありました。    堅牢で合理的、生地と本体の組み合わせの選択可能、取り外し可能、運搬可能(あるいは変形可能)、経済的な観点でも大量生産家具の研究をしつくしていたロジェ・ランドーだからこそ時代に適応したデザインを生み出せた大きな要因となっていました。    ロジェ・ランドーはフランスの家具メーカーABC社と協業し、1950年代から高級家具のデザインと製造を始めました。様々な住宅や団地や施設で、製作コストや販売コストの合理性を備えたロジェ・ランドーの設計によるシンプルな構造の家具の良さが認められ、フランスの省庁の案件を含め多くのプロジェクトでロジェ・ランドーの家具が採用されることとなりました。    工業生産の需要と、美しいだけではなく実用的でなければならないモダニズムの原則を持つ彼の美学が見事に調和し、フランスの家具の工業化とロジェ・ランドーのデザインによる問題解決力が時代と適合した大きな成功例となりました。被災者のための多くのモデルを設計したロジェ・ランドーの存在感はフランスの復興期、再建期に最も際立っていました。   1951年に質の高い工業家具を手がけるデザイナーを評するために設立された「ルネ・ガブリエル賞(当時のフランスで最も権威のあるデザイン賞)」についても「Dakar(ダカール)」(1958年)と名づけられた家具作品(製作:ABC社)で受賞しており、名実共にマルセル・ガスコアン、ピエール・ガーリッシュ、ピエール・ポランなどと並びフランス最高峰のデザイナーとして認められていたロジェ・ランドーは1950年代以降も1970年代にかけて様々な家具メーカーと協業しながら時間とともに進化を続け、後世のデザイナーに影響を与える数々の名作を生み出しました。   今日、彼の手掛けた家具作品は欧州の優れたギャラリーで扱われ、世界中の特別なモダニストから愛用され高い評価を獲得しています。   この度Archèologie StudioにRoger Landault(ロジェ・ランドー)の大変貴重な椅子4脚セットが入荷致しました。座り心地も素晴らしく、生涯において愛用できるダイニングチェアをお探しだった方にお勧めモデルとなります。貴重なフレンチミッドセンチュリーのデザイナーズ家具にご興味のある方は下記のページよりご覧ください。    →Set of Four Roger Landault Chair 6517 https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/set-of-four-roger-landault-chair-6517    

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Mathieu Matégotと特別なデイベッド「Kyoto」

Mathieu Matégotと特別なデイベッド「Kyoto」

  モダンデザインの偉大な先駆者の1人であったマシュー・マテゴ。既に日本でも認知度が高いミッドセンチュリー期に活躍したフランスの家具デザイナー兼タペストリーデザイナーですが、この度Archèologie Studioに彼が残した偉大な作品をラインナップ致しましたので、このページでは改めてこのデザイナーに焦点を当てていきたいと思います。マシュー・マテゴ(1910ー2001)はハンガリーで生まれました。ブダペストのボザールでアートと建築を学んだ後、1931年より活動拠点をフランスに移しました。1930年代のマテゴはFolies Bergères(フォリー・ベルジェール/フランスはパリの伝統ある劇場)のセットクリエーター、Galeries Lafayette(ギャラリー・ラファイエット/フランスはパリの伝統ある老舗の百貨店)のマーチャンダイザーなど、インテリアを軸としながらも様々な職業で経験を積んでいきました。1939年第二次世界大戦勃発後はフランス軍に加わり、戦中ドイツで囚人にされてしまいましたが、奇跡的に戦後となる1945年に解放されました。戦後パリに戻ってからもHotel de France(旧名ホテルドフランス/現Grand Hotel de L'Independance)やMaison de l’ORTF(メゾン・ド・ラジオ・フランス)など、装飾家として大きなプロジェクトを手掛けながらも、マテゴは企業に属して仕事を全うするのではなく、パリとモロッコ(カサブランカ)に自身のワークショップを設立して家具デザインの道へ進む決断をします。彼は金属の板に穴を開けることで生産(工業的プロセス)における効率性と芸術的な美学の融合を目指し、小さな正方形と丸い穴を開け機能的なデザインを生み出しました。これにより金属の板を一枚の布のように曲げたり、折りたたんだり、形作ったりできる機械を新しく開発し、これによって彼はデザインや表現の自由度を大幅に高めることに成功しました。1940年代後期には彼独自の穴あき金属を用いて多数の家具をデザインし、モダンデザイン愛好家たちから強い評価を獲得してマテゴのパンチングメタルのスタイルが確立されていきました。彼が築いた新しい技術とスタイルの金属素材は家具や照明器具にとどまらず、トレイ、ゴミ箱、マガジンラック、鉢植ホルダーなどの小さな日用品に至るまで、フランスの200型以上の伝統的なアイテムに応用されたこともマテゴの工房のアイテム展開における大きな特徴です。このような手法にはマテゴが元々百貨店で築いたキャリアやデザイン思考も良い影響を生んでいたのかもしれません。マテゴは1945年から1950年代まで家具デザイナーとして最盛期を迎え「Java」「Soumba」「Bagdad」「Satellite」シリーズなど数々の代表作を残しています。一部の作品はLes ArtsDécoratifs(パリの装飾芸術美術館)やCentre Pompidou(パリのポンピドゥーセンター)のデザインコレクションにも加えられています。1960年代以降はタペストリーのデザインと生産への道に進んだ背景もあり、マテゴは家具デザイナーとしての活動期間が15年程度と非常に短かったことや、各シリーズや各プロダクトの生産数も限られていたこと、近年デンマークのGUBI社からマテゴの家具作品の数々が復刻されたことなど多くの要因が重なって、ミッドセンチュリーに制作されたオリジナルのヴィンテージ作品の価値が更に高騰してしまう状況も生まれています。歴史の名作含め、良いものは評価され、高い資産性も生まれる現代の潮流ですね。この度Archèologie Studioにラインナップ致しましたこちらのデイベッドは、マテゴの手掛けた作品の中でも特に世界的流通量が低いため、海外での市場価格は既に200万円を超えているモデルとなりますが、本品はまだマテゴの市場評価がここまで上がる前に元々はコレクションとして仕入れていたものであったため、現在の世界の市場価格を完全に無視した販売価格を実現しています。一般住宅向けはもちろんのこと、欧米のギャラリーに対しても通用する歴史に残るような貴重なデザイナーズアイテムにご興味のある方は下記のページよりご覧ください。Mathieu Matégot Modern Daybed ‘Kyoto’→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/mathieu-mategot-modern-daybed-kyoto

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フランス人デザイナーのデュオ「Robert Guillerme」と「Jacques Chambron」と新入荷のウォールランプ

フランス人デザイナーのデュオ「Robert Guillerme」と「Jacques Chambron」と新入荷のウォールランプ

                この度Archèologie Studioにミッドセンチュリーに活躍したフランス人デュオが手掛けた貴重なウォールランプ作品が入荷致しました。今日はこの2人組であったデザイナーRobert Guillerme(ロバート・ギョーム)とJacques Chambron(ジャック・シャンブロン)についてご紹介致します。 Robert Guillerme(ロバート・ギョーム)はパリの美術工芸大学École Boule(エコール・ブール)でデザインと建築を学び、1934年に卒業しました。第二次世界大戦後はフランス北部の街リールに移り、装飾デザイン、家具デザイナーとしてのキャリアをスタートしました。Jacques Chambron(ジャック・シャンブロン)はフランス北東部の都市ランスの応用美術学校École Supérieure d'Artで美術と装飾を学んだ後、パリで画家として活動していましたが、1948年からロバート・ギョームと共同デザインの活動を始めました。2人は第二次対戦中に東プロイセンでドイツ軍に投獄されていたときに出会いを果たし、デザインに対する彼らの理念が一致していたことでこれが運命的な出会いとなりました。無事に帰国を果たした2人は大戦後の1949年、共同でパリに店を構え、ここに家具職人のÉmile Dariosecq(エミール・ダリオセック/元木工店のオーナーでキャビネットメーカー)が加わり、3者による工房Votre Maisonが設立されました。ロバート・ギョームとジャック・シャンブロンのデュオによる理念は、「Votre Maison /英訳:Your House(日本語訳:あなたの家)」という工房/会社の名前にも表れています。彼らは仕事において当時革新的なデザインを生むと同時に、機能性で、日常生活での実用に永く耐えうる家具クオリティーを追求していました。ロバート・ギョームの家具デザインとジャック・シャンブロンの美術的、彫刻的なアプローチが掛け合わさって生まれたデザインも大きな魅力の1つです。Votre Maisonの家具は木製素材のクオリティが非常に高く、フレンチミッドセンチュリー独特の美しいフレームの曲線とロバート・ギョーム、ジャック・シャンブロンの細部へのこだわりが実現されており、日本ではまだまだ認知度は低いものの、欧米の一部のギャラリーからは既に高い評価を獲得しています。Votre Maisonはジャック・シャンブロンの息子Hervé Chambronが1983年より指揮を執り、1990年代まで家具の製造を続けました。Votre Maisonは50年代、60年代、70年代に名作の家具デザインが数多く生まれ当時の多くのデザイナーにも影響を与えていましたが、現代においてミッドセンチュリー期の作品の流通量は非常に限られたものとなっています。当時の素晴らしいデザインデュオが手掛けたフレンチミッドセンチュリー期の貴重な作品にご興味のある方は下記のページよりご覧ください。Wall Mounted Lamp by Guillerme et Chambron (1950’s / France)→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/wall-mounted-lamp-by-guillerme-et-chambron

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住空間に加えたいフランスのヴィンテージラタン家具

住空間に加えたいフランスのヴィンテージラタン家具

        コロナ禍で私たちの暮らしに様々な制限が敷かれ、現代人の自然への回帰が見られる時代の大きな潮流の中で、Archèologie Studioは住空間での素材の新しい捉え方に大きく着目しています。元々親しまれている素材の性質や捉え方に改めて着目することで、自宅での家具とインテリアコーディネートの魅力を見つめ直し、またそこに新たな価値を見出せるのではないでしょうか。この度、Archèologie Studioではフランスで厳選したミッドセンチュリー期のラタン家具が数点入荷しましたので、この投稿では「ラタンという素材」について焦点を当てて参ります。ラタンは熱帯雨林に自生するヤシ科のツル植物で、日本名を「籐(とう)」といいます。ラタンは世界一の原産国であるインドネシアなどを中心に東南アジア各地の熱帯雨林、熱帯地域のジャングルに自生しており、非常に生命力の強く史上最長の植物としても知られています。5ー10年で加工に適した大きさになり成長の早いラタンは森林伐採問題には無縁で環境にも優しい植物でもあります。大別して、樹齢の高い太いものは家具のフレーム材として、細いものは裂いて皮籐や芯籐として編んだり巻いたりする材料にされており、全ての繊維が無駄なく使い分けられています。ラタンは持続可能性の高いエコを象徴するような植物であり、素材であるということです。さらに家具になった後でもラタン素材は力強く呼吸しており、春夏の多湿の季節には水分を吸収し、また秋冬の乾燥した季節には水分を放出す調湿機能があるため住空間をより快適に過ごすためのツールにもなるため、ラタン家具は世界中のメーカー、そして家具やインテリアの愛好家から親しまれています。非常に軽い素材ながら、しなやかで加工がし易い特性が生かされて生まれた美しい曲線のデザイン、アイテムの多様さもラタン家具の大きな魅力の1つです。アフリカンモダン家具、ブラジリアンモダン家具、ジャパニーズモダン家具、様々なテイストの家具をご自身のセンスとバランスでミックスするスタイリングもインテリアの楽しみ方の1つとして浸透してきた現代で、当店ではラタン家具を加えたミックスコーディネートをご提案しております。この度Archèologie Studioに入荷したラタン家具は空間、家具との組み合わせ次第で特別な光を放つものばかりです。歴史に残るような貴重なデザイナーズアイテム、そして無銘ながらもArchèologie Studioが厳選したアノニマスデザインのアイテムまで、多様なラインナップは下記のページよりご覧頂くことができます。フランスのヴィンテージラタン家具の数々をお楽しみください。・Rattan Round Table Audoux-Minet Styled (1960’s / France)→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/rattan-round-table-audoux-minet-styled・Herringbone Rattan Low Table (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/herringbone-rattan-low-table・Rattan Magazine Rack (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/rattan-magazine-rack-2・Vintage French Rattan Daybed (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/vintage-french-rattan-daybed・Round Cafe Table and Chair Set for Pascal Raffier Vannerie, France (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/french-vintage-round-rattan-cafe-table-set・Wicker Basketware Lounge Chair by Janine Abraham and Dirk Jan Rol-2 (1950’s / France) →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/wicker-basketware-lounge-chair-by-janine-abraham-and-dirk-jan-rol-2

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アンスティチュ・フランセ東京とヴィレッジ・アズ・アンスティチュ

アンスティチュ・フランセ東京とヴィレッジ・アズ・アンスティチュ

アンスティチュ・フランセ東京をご存知でしょうか。2011年までの旧名を東京日仏学院といい、創立後70年に渡ってフランス語やフランス文化の普及発展に取り組んできた東京は神楽坂に位置する学校です。1952年に東京は神楽坂に創立された東京日仏学院の建物は、近代日本の建築をリードした坂倉準三が他掛けており、色褪せない美しい設計と建築は現代でも建築愛好家に注目されています。フランスの公的な機関として日仏の文化交流を図るため、2012年よりフランス大使館文化部、横浜日仏学院、関西日仏学館、九州日仏学館と統合され名称を「アンスティチュ・フランセ東京」に改名されました。今年建物築70年記念を迎えるにあたり「アンスティチュ・フランセ東京(旧「東京日仏学院)」は2017年より再整備事業の国際公募が行われ、駐日フランス大使を審査員長とするヨーロッパ・外務省の審査委員会による審査の結果「Village as Institute」というプランを打ち出した日本人建築家の藤本壮介氏が採択され、この歴史的価値のある既存棟2棟の改修および新棟建築の設計・監理業務を担っています。建築家藤本壮介氏が手掛けた新たな拡張計画Village as Institute(ヴィレッジ・アズ・アンスティチュ)は2018年より着工され、今年2021年6ー7月より竣工となりました。現校舎(坂倉準三設計)も2021年後期よりの改修工事へと移り、2022年春よりオープン予定となっています。新校舎、そして敷地はVillageと銘打ったものだけあり、村=小さなコミュニティを想起させるような、生徒のための教室の他にも文化的な施設にもなる講演会場やレストランもあり文化と芸術の綜合を目指す世界観が実現されています。中庭に向かって大きく開放された校舎の窓も特徴的で、建物の外と内の境界がより曖昧となり、建物内部にいながらも窓から眺めたくなるような景色があり、視線が自然と外へ向かうような配慮も見られます。外の風景が空間の一部になるような演出も秀逸です。テラスは豊かな自然に囲まれており、ここで過ごす人たちはくつろいだり、散策しやすい環境があり建築物と周辺環境の美しい調和が生まれています。コルビジェ晩年の作品「ロンシャンの礼拝堂」がある敷地内にレンゾ・ピアノが修道院やヴィジッターハウス(2011年)を手掛け素晴らしいプロジェクトとして語られていますが、既存の名建築がある敷地内に新たな建築を組み合わせ独自の空間を生み出すことは我々が想像を絶するような独自の難易度があった中で、日本が世界に誇る藤本壮介氏は素晴らしい仕事を実現されました。このプロジェクトによって今後現校舎(坂倉準三設計)での体験、また価値にも美しい変化が生まれていくのではないでしょうか。この校舎を活用する世界中の人たちによって、坂倉準三が手掛けた唯一無二の現校舎と藤本壮介氏の手によるこのVillage as Instituteがこれから更なる共振を生み出していくことでしょう。偉大な2人の建築家が携わった場所で、日本とフランスの人たちの新しい交流が多く生まれていく文化にもご注目ください。この度、Archèologie Studioでは上記アンスティチュ・フランセ東京のカフェで使用されていたテーブルセット(スイス出身のClaudio Colucciデザイン)やデスクセットが入荷しました。一般的には市場に出てくることが大変稀な作品となり、大変貴重な機会となります。お好みに合わせてお好きな色をお選びください。色によって複数のストックがございますので、お店やアトリエでのご活用もお勧め致します。今尚受け継がれる名建築内で実用された家具作品にご興味のある方は下記のページよりご覧ください。Cafe Table Set From French Institute of Japan - Tokyo by Claudio Colucci→https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/square-cafe-table-from-institut-francais-du-japon-tokyo?variant=39430088982665School Desk Set From French Institute of Japan - Tokyo →https://shop.archeologie.jp/collections/all/products/school-desk-set-from-institut-francais-du-japon-tokyo?variant=39430088130697  

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コルビジェやアアルトなど建築家に愛された「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」と新入荷のテーブルセット

コルビジェやアアルトなど建築家に愛された「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」と新入荷のテーブルセット

ル・コルビジェやシャルロット・ペリアンの建築プロジェクトでもインテリア設備として度々採用されていた家具メーカー「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」をご存知でしょうか。「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」の中には、コルビジェが信頼し愛用していたことからことから「コルビジェチェア」と名付けられているアームチェアも生まれています。さらにアルヴァ・アアルトの最高建築作品マイレア邸(1938-1939年建設)では施主のグリクセン夫妻(マイル・グリクセンはアルテックの創業メンバーの1人)が愛用しており、アアルトなど北欧のモダニストにも親しまれていました。チャールズ・イームズもこのメーカーの家具をインテリアで採用しており日本ではあまり知られていませんが、近代では世界の名だたる一部の建築家やデザイナーたちにいかに親しまれていた「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」に迫ります。フランスのリムーザン地方でパスカル・ラフィエが創業した家具メーカー「Pascal Raffier Vannerie/パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」はこの地方に伝わる伝統技術が失われないよう5世代にわたり家族経営でこれを継承し栗と籐を使った家具やバスケットを製造しています。リムーザン地方には古くからあるワイン作りのための葡萄園や栗の雑木林などの農業的な生産背景と自然が豊富にあったことから、この町では地元の木材を使った樽やバスケット作りが栄えていました。家族の経営の小さなメーカー「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」では枝の収穫、家具のフレーム作り、伝統的な籠編み細工など全て職人の手作業を経て家具やバスケットが作られています。家具の骨組みとなるシートとバックには栗の木が採用され、編み込み部分にはワイン樽の製造で残った素材として、ラタンが採用されています。栗の木はオークと同格の耐久性を誇り、耐火性にも優れ、さらに軽いため持ち運びにもとても便利な素材です。樹齢数百年のラタンや栗の木を採用して同じ木から様々な表情の素材をカットしてそれを組み合わせてシンプルで素朴な装飾を生み出す類稀なアイデアと伝統的な技術の組み合わせが特徴的で、普遍性の高い技術力とフランスの伝統的なアプローチも魅力です。この技術と方法はリムーザンで何世紀にもわたって受け継がれてきたものを世界で唯一継承し、工芸品の域にまで高めた「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」だけが為し得たものとなります。100年以上前から全く変わらないデザインのモデルも存在しています。20世紀初頭に栄えていたとされる栗の木に関連するメーカーや仕事や職人の数も現代では減少の一途を辿っています。1960年代以降の安価なプロダクトの大量生産やプラスチック革命によって打撃を受けた産業ですが、現在「パスカル・ラフィエ・ヴァヌリー社」を引き継ぐマルティーヌ・ラフィエは「必要な分だの原材料を探します。知性と職人の技術を守るとともに地元の生態を考慮したビジネスを考えています。」と強い信念を持って今尚フランスの美しい伝統家具の製造に取り組んでいます。小さな規模で伝統を永く受け継いでいく、これも1つの持続可能な職人や技術の美しい在り方なのではないでしょうか。この度Archèologie Studioでは、上記ご紹介したメーカーが手掛けた「テーブルセット」が入荷しました。天板の編み方が特徴的な柔らかな印象のテーブルとチェアです。創業者のパスカル・ラフィエの理念が今尚受け継がれ、コルビジェ、アアルト、イームズなど世界の建築家やデザイナーに愛されたメーカーにご興味のある方、建築愛好家の方は下記のページよりご覧ください。>>> Round Cafe Table and Chair Set for Pascal Raffier Vannerie, France    

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新入荷のペンダントランプとモダニズム建築の出発点を築いたペーター・ベーレンス

新入荷のペンダントランプとモダニズム建築の出発点を築いたペーター・ベーレンス

建築モダニズムの発展における象徴的な建築家として真っ先に名前が挙がるル・コルビュジエ、ミース・ファンデル・ローエ、ウォルター・グロピウス(バウハウス初代校長)、彼らには共通の師となる建築家がいたことをご存知でしょうか。その名もペーター・ベーレンス(1968-1940)、ドイツで活躍した建築家でデザイナーでモダニズム建築や工業建築の分野の発展に多大な影響を与えた人物です。1890年代までは画家、グラフィックデザイナーとして活動していましたが、ドイツ工作連盟の中心人物だったヘルマン・ムテジウスからの影響を受けて建築家に転向することになります。1907年にベルリンに事務所を開設し、1910年代にはスイス出身の工業デザイナーで建築家のウィルヘルム・キンツレと協業していました。絵画を学び美術やデザインの世界で活躍し建築との綜合表現を行い、引いては「生きる事を芸術表現とする」というペーター・ベーレンスの哲学は、機能主義的な建築作品とともに後のコルビジェのスタイルに多大な影響を与えたことは想像に難くありません。自身のアトリエを立ち上げた年、ドイツのハーゲンに位置する「ハーゲン火葬場」では純粋に機能的で実用的なデザインの設計を試み、ペーター・ベーレンスは自身の建築家としての方向性を初めて示しました。同年よりペーター・ベーレンスはドイツの電機メーカーAEGのデザインディレクターに就任します。当時まだアール・ヌーヴォーの時代様式の潮流もある中、装飾主義や曲線美とはかけ離れた機械主義、機能主義的な美を備える革新的なプロダクトを次々と生み出していきます。1908年〜1909年に手掛けた同社の「タービン工場」は現代においてこの建築作品はモダニズム最初期の建築作品と評されています。ペーター・ベーレンスはAEGにおいてロゴデザイン、住宅設備や照明器具、家電、文房具など工業製品全般のデザインに至るまで、建築家の領域に収まらない綜合的な仕事を手掛けました。建築やプロダクトのデザインの領域を超えて、現代でいうところのクリエイティブディレクター、アートディレクターとしての仕事の礎を築いた事もペーター・ベーレンスの偉大と言えるでしょう。また、上記の通りベーレンスのアトリエからはコルビジェの他、後にバウハウスを支えるウォルター・グロピウスやミース・ファンデル・ローエなど輩出しており、未来の建築家を育てたこともまたペーター・ベーレンスの計り知れない偉大な功績の1つです。コルビジェやミース、グロピウスに影響を受け数多くの建築家が生まれている史実に触れることで、歴史はぶつ切りのものではなく確かに連なっていて、今も尚続いている物語があるのだと想像することができるのではないでしょうか。 この度Archèologie Studioでは、上記ご紹介した「ペーター・ベーレンスがドイツのSIEMENS社のために1908年にデザインした特別なペンダントランプ」が入荷しました。当時ドイツで駅などの公共建築に使われていた貴重な作品です。乳白ガラスとフロストガラスの上下のパーツが金属のリムとネジで一体になった機能美を持つ構造で、美しい曲線と光を生み出し室内を演出してくれます。モダニズム初期の家具にご興味のある方、建築愛好家の方は下記のページよりご覧ください。>>> Luzette Pendant Lamp by Peter Behrens  

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