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「新入荷のアームチェアと建築家ロベール・マレ=ステヴァンス」

「新入荷のアームチェアと建築家ロベール・マレ=ステヴァンス」

ヴィンテージチェア

 ロベール・マレ=ステヴァンス(1886 - 1945)はパリで生まれフランスで活躍した建築家で室内装飾家でした。
(以下マレ=ステヴァンス)

コルビュジエ、ルネ・エルブスト、フランシス・ジョルダンらと並び「UAM(現代芸術家協会)の創業メンバーの1人」というワードが枕言葉のように一人歩きしている現代ですが、今日一般的にロベール・マレ=ステヴァンスという建築家に対しては浅い理解と認識しかされていない、ある意味ではまだまだ過小評価されている状況であると言えるでしょう。

 ロベール・マレ=ステヴァンスは1904年から1909年までÉcole Spéciale d'Architecture Académieで建築を学び、第一次世界大戦中はパイロットとしての任務を果たし、終戦後の1920年代に建築家としてのキャリアをスタートしました。当時先行していたウィーンのヨーゼフ・ホフマン建築、オランダのデ・ステイル、そしてドイツのバウハウスなど他国の近代化運動も精力的に研究した上でロベール・マレ=ステヴァンスは機能主義的で垂直と並行を用いた直接鉄筋コンクリートのモダン建築、そしてモダン絵画的な室内装飾や庭とのフランス独自の美しい対比、綜合芸術建築を完成させ欧州のモダニストから最高の評価を獲得していました。

 ロベール・マレ=ステヴァンスが活躍していた時代の実情は1920年代から1930年代のフランスにおいては、建築家としての業界内の評価とモダニストからの人気もコルビジェと完全に二分していたと言われています。語り継がれる伝説的な1925年パリでのアール・テコ博では「フランス大使館」パヴィリオンホールの設計を手掛け室内装飾や建築の新しいスタイルを示した功績もあり、彼がパリ市内で設計した建物が並ぶ通りには「マレニステヴァンス通り(Rue Mallet-Stevens)」の名前が与えられるほどに。
 このようにモダン建築の礎を築いてきた重要な建築家であるにもかかわらず1945年の彼の死後、優れた作品も彼の仕事の歴史的な文脈における重要性も徐々に忘却の彼方へと落ちていきました。マレ=ステヴァンスの業績や作品に関する文献のは彼自身の遺言によって処分され、更に戦後の長い時間でほとんど失われており、マレ=ステヴァンスの痕跡を辿る手や語り手が少ないことも大きな理由かもしれません。アイリーン・グレイが現代でこそ正当な評価を獲得しているにも関わらず、生前においては似たような潮流があったことは知る人ぞ知る黒歴史ですが、コルビジェという存在の光が大き過ぎたことも相まって同じような状況が生まれているのかもしれません。

 彼の作品は下記の代表作からも示されているように、アールデコの発展に貢献するのみならず明確にモダン建築を牽引しており、この功績はもちろん現代のモダニストやギャラリストたちがいつまでも見過ごしている訳ではありません。2000年代以降、数名の現代建築家が立ち上がり国への働きかけや寄付を募り、10年以上の時間をかけて彼の建築作品の修繕とパブリック化が進められた事が功を奏し、彼の死後から75年以上が経った現代では彼の作品や功績に対する評価が再び高まり始めています。大コルビジェへの世界的な評価と同格に戻るような日がいつの日かまた訪れるのでしょうか。


 以下は彼が残した代表的な3作品です。


・Villa Noailles(ノアイユ邸/1923 年 - 1928 年)
南仏イエール市街を見下ろす丘の上にあるモダニズム最初期の邸宅です。マン・レイ、バルチュス、ジャコメッティ、ブランクーシ、ミロ、コクトー、ピカソなどフランスの錚々たる芸術家たちのパトロンでもあったノアイユ夫妻が別荘として建てたもので、当時この建築はモダン建築の象徴として話題になりました。

建設期間が数年に及ぶこの巨大建築プロジェクトは1923 年に開始されました。この邸宅はデ・ステイルやバウハウスの理論、またヨーゼフ・ホフマンの建築など他国の近代化運動の影響を昇華しフランスで最初に建てられた近代的な建物の 1 つとなりました。建物はむき出しのコンクリートが重なり合った立方体で構成されており、装飾的な要素が排除されています。

各部屋と大きな庭園を満たすために当時の最高峰のデザイナーによる家具に加えて、マレ=スティーブンス自ら設計したもの家具も多く取り入れられています。

フランシス・ジョルルダンが一部の部屋の内装のデザインを行い、テラスの小屋のデザインをプルーヴェが手掛けています。邸宅の南東端に設けられたガブリエル・ゲヴレキアン(ヨーゼフ・ホフマンに建築を学んだ造園家、建築家)設計の庭は「キュビズムの庭」と呼ばれ、造園芸術の歴史においても重要な位置付けと評されています。ピエール・シャローの署名やマルセル・ブロイヤーの家具の配置など含めこの邸宅の底無しの芸術性には驚かされます。

1996年以降この建築は同名の美術館として運営、公開されています。
URL : http://www.villanoailles-hyeres.com/welcome/
住所 : villa Noailles Montée Noailles, 83400 Hyères, France


・Villa Paul Poiret (ポール・ポワレ邸/1924–1933)
パリから西に約 40 キロ離れた西郊のメジ・シュル・セーヌにあり、セーヌを見下ろす丘の上にあるモダニズム最初期の邸宅です。1921 年から 1923 年にかけて、パリのファッションデザイナーでファッション業界近代化の草分け的な存在でもあったポール ポワレ(1879-1944)のために設計されました。

現在は毎年9月中旬の週末にあるフランス文化財(文化遺産)の日(Journées Du Patrimoine)のみ見学可能となっています。
住所 : 32 route d’Apremont 78250 Mézy-sur-Seine, France


・Villa Cavrois (カヴロワ邸/1929-1932)
リールから市電で北のベルギー方向に約30分行った郊外にあるモダニズム初期の邸宅です。繊維産業メーカーのオーナーだったポール・カヴロワ一家のために設計されました。内装、家具デザイン、隣接する公園まで細部にわたりマレ=ステヴァンスが自由に設計と管理を行なった作品です。

2015年より公開され見学可能となっています。
URL : http://www.villa-cavrois.fr/
住所:60 Avenue John-Fitzgerald Kennedy, 59170 Croix, France
(一般開放は時期は5月1日から10月31日まで/詳細は上記サイトでご確認ください)

ロベール・マレ=ステヴァンスが手掛けたものには機械で合理的な線、機能的なフォルム、彩度の抑えられたトーンカラーの組み合わせによる名作がありますが、ミッドセンチュリー期に活躍したデザイナーズ家具に比べモダニズム初期の時代である1920ー1930年代のオリジナルのヴィンテージ家具は現存しているものが世界的に極端に少ないのが実情です。


この度Archèologie Studioでは、上記でご紹介した「ロベール・マレ=ステヴァンスがノアイユ邸のために手掛けた特別なアームチェア」が入荷しました。当時世界最高峰のモダニストであった施主だけのために設計及び製造されたものであるため、世界で認められている個体数も限りあるものとなります。


モダニズム初期の家具にご興味のある方、建築愛好家の方は下記のページよりご覧ください。ヨーゼフ・ホフマンの建築、ウィーン分離派など他国の近代化運動の影響を受けた痕跡も感じられる美しい作品です。

>>> Pair of Outdoor Folding Armchairs by Robert Mallet-Stevens


※U.A.M = Union des artistes modernesの略(日本語で直訳すると現代芸術家組合の意)
活動期:1929-1959年
ロベール・マレ=ステヴァンス他、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルトット・ペリアン、ジャン・プルーヴェ、ピエール・シャロー、アイリーン・グレイ、フェルナン・レジェ、フランシス・ジュルダンなど当時フランスを拠点に活動した建築家・インテリアデザイナー・プロダクトデザイナー・グラフィックデザイナー・彫刻家など錚々たるメンバーが参加した芸術家組合です。ペリアンが戦後の日本で2度開催した展覧会では「フランスにおいて芸術は様々なジャンルを横断した綜合が目指されている」と強く示していましたが、そんな彼女の思想にも影響を与えたヨーロッパ最高峰のコミュニティでした。